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ハーメルンの笛吹きオンナ1/ホラー小説

公開日: : 最終更新日:2016/01/27 ショート連載, ホラーについて

 

ハーメルン

 

 

■最高のセックス

 

 

 

そのオンナと出会った場所はどこだったか。

 

 

キッカケや、なぜそうなったのかも思い出せない。

 

 

それはきっと、ベッドの上での相性が最高だったからだろう。

 

 

理性が吹っ飛ぶほどの快楽。肌を触れ合わせるほどに纏わりつく汗、体液。

 

 

それだけじゃあない。

 

 

決して痩せすぎている訳でもない、バランスのいいプロポーションの女は、締まるところは締まり、出るところは出ている。

 

 

肌の滑りも弾力も、申し分ないし、俺がこれまで抱いたどの女よりも……いや、それ以上だ。

 

 

テレビや映画、雑誌などで見たどんな女よりも極上の女。

 

 

唇のそばのホクロがセクシーな、……最高の女だ。

 

 

ともかくとして、俺はその女と生涯きっと忘れることのない最高のセックスをした。

 

 

それゆえに出会いのキッカケやその他諸々の記憶が吹き飛んでしまった。

 

 

目が覚めた時、隣に誰もおらず、ホテルの一室だったはずの部屋が自分の部屋だと気付くのに数分の時間を必要とした。

 

 

本能が理解するな、と言ったからだ。

 

 

――それが全て夢だった、と。

 

 

 

■サキ

 

 

 

それから一週間が経ったある日、俺はまたもあのオンナの夢を見た。

 

 

やはりキッカケや過程は覚えていない。

 

 

いや、もはや存在しないのだと思った。

 

 

一室で濃厚で溶けあうようなセックスに興じ、身も心もどろどろに溶けてしまうような最高な経験。

 

 

夢の中の俺は、それが夢の中での出来ごとであると自覚することは出来なかったが、無意識にこのまま永遠にこの快楽を貪りたいと思った。

 

 

二回目のこの夜。オンナは俺に名を名乗った。

 

 

『サキ』というらしい。

 

 

代わりに俺も名を名乗った。

 

 

「キヨト、というのね。色っぽくて素敵な名前……ね」

 

 

なんでもないお約束の言葉だったとしても、俺は至高の喜びを得た。

 

 

サキの唇を貪ろうと抱き寄せたところで、目が覚めたのだ。

 

 

 

■友人からの誘い

 

 

 

この夢は、俺の中で最上のものとして自慰の時も夢の中のサキのことばかりを想った。

 

 

俺は夢で彼女に再会するまで、毎日自慰をやめられなくなった。

 

 

会社のトイレや、駅のトイレ、……トイレの在る場所でならどこでもした。

 

 

一日に何度も何度も、サキを想い自慰に耽る。

 

 

サキの夢は、週に一度は見るようになった。

 

 

夢を重ねる毎に、彼女への渇望はより強くなり憧れに似た感情になってゆく。

 

 

いつの間にか、俺は現実の世界でもサキの姿を探すようになり、彼女に似た後ろ姿の女性を追っては顔を見て絶望することを繰り返した。

 

 

「サキは……いないのか」

 

 

絶望に打ちひしがれた俺は、彼女に会えないくらいなら生きていても仕方がないとさえ思うようになった。

 

 

重症なのだと自分でも理解している。

 

 

そんなある日のことだ。しばらく会っていない友人から連絡があった。

 

 

「たまには飲みにいかないか」との誘いだ。

 

 

一日中サキのことが頭から離れない俺は、気分転換になるかもしれないとそれを受けた。

 

 

夜、彼と落ち会った俺は驚いた。

 

 

「お前、えらくやつれたな」

 

 

友人はそうかあ? と笑ってみせたが、こけた頬が日頃の不摂生を物語っている。

 

 

「そういうキヨトこそ、やつれてんじゃね?」

 

 

俺は自らの頬に触れ、笑った。

 

 

自覚していたからだ。ここのところ食欲もなく、大したものを食っていない。

 

 

俺達が入った店は焼き鳥屋だ。

 

 

注文したのは、串焼きの盛り合わせとキャベツ、野菜。

 

 

夕食を抜いた男二人が頼む量ではないが、俺達はこれで充分だった。

 

 

 

■それを知る男

 

 

 

追加の料理を注文しないまま、酒ばかりが進み、他愛のない会話で盛り上がった。

 

 

気分転換にと思ったのにも関わらず、友人と話していてもサキがちらつく。

 

 

挙句の果てには、この店のトイレで自慰に耽りたいとも思うようになっていた。

 

 

そわそわとしている俺の態度に気付いたのだろうか、友人は急に話を切り出してきた。

 

 

「実はさ、悩み事があって……。ちょっと誰かに言えるようなことでもないから、お前にだけ聞いてもらおうって」

 

 

神妙な面持ちで切り出した彼の様子に、これはきちんと聞かねばならないと俺は姿勢を正した。

 

 

「いいよ、聞くさ。なんだよ悩みって」

 

 

「ああ……笑っちまうかもしれないけどよ、夢で逢った女が忘れられなくて」

 

 

鏡を見ているのかと思った。

 

 

俺と同じようにやつれた男が、夢で逢った女が忘れられないといったのだ。

 

 

それはまさに、俺の悩みではないか。

 

 

「そ、そうか……。それで?」

 

 

声が上ずっていまいか、俺は確かめながら尋ねた。

 

 

気にしすぎたようで、出だしがどもってしまった。

 

 

「笑わないのか?」

 

 

「苦しいんだろ? 笑わないから言ってみろ」

 

 

そうは言ったが、内心は違った。

 

 

――聞きたい。こいつの話が聞きたい。

 

 

それが本心だ。

 

 

聞きたいと思ったのには、期待があったからだった。

 

 

『自分のほうがマシな症状である』と、言い聞かせたかった。

 

 

『こいつのほうがもっとヤバイ』と、確信して自分を正当化したい想いでいっぱいだったのだ。

 

 

だが、友人の言ったことは俺のそういった期待を裏切るものだった。

 

 

いや、裏切るというよりも……粉々に破壊したと言ったほうがもはや正しい。

 

 

「夢の中で毎回その女とセックスして、それが頭から離れなくてさ……。夢から覚めても四六時中、そのオンナを探してしまうんだ。どうだ? 重症だろ? 馬鹿げてるよな……、現実に【サキ】がいるわけもないのに……」

 

 

 

ハーメルンの笛吹きオンナ2

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